僕がいる世界には、君がいればそれでいい。





あの事があって以来、僕らは以前にも増して人を避ける様になった。
先ず必要最低限の連絡以外は誰とも話さなくなったし、たまに会話があったとしてもそれは無機質な機械を通してのものだ。
仕事の依頼は全て電話か手紙で受け、現場には依頼者始め誰をも居合わせる事を拒んだ。



顔を合わせて話し合うなんて、全くと言っていい程無かった。



それでも言い訳が通じ無い程に怪しまれては困るから、本当に極たまに、事務所に客を入れる事もあった。
その時は僕はとかく客の気を自分に引くように――否、客の興味が彼へ行かぬように奮闘した。

日常的な出来事から始まり、昨今世間を賑せている事件、政治、世界情勢、はたまた音楽や書物などの専門的な話題まで、僕は出来うる限り調べ、知識を吸収し、そして相手に合わせて話題を選び、話していた。
そんな僕の努力のお陰か、客人達は歓談に夢中となり、殆ど彼の方へ意識を投げかける事は無かった。

それでもふとした拍子に話題の糸が途切れる事が無いとは言い切れず、そんな時は流石に僕以外のもう一人へと言葉が発せられる。
彼の方はと言うと、それに対して答える術を持たないものだから、話しかけた当人は無視されたのかと勘違いし、少しの不満を漏らす。

それを懸命に宥めながら、話の筋を元に戻すのにそう時間はかからない。

客人は皆僕の話に聞き入り、先程までの些細な憤りなどすぐに忘れてしまうのだ。
それが自分好みに調整された仕組まれた会話だという事に、客人が気付いていようがいまいが僕にはどうだっていい事だ。

ただひたすら、彼への興味を無くせれば、彼の姿をまじまじと見るという行為を無くせれば、それで良かった。

そうやってじっくり観察する事で気付く、彼の抱える違和感に、秘密に、僕以外の共有者が現れる事がなければ、僕は満足だったのだ。



そうして歪んだ誠意に溢れた時間を過ごし、客人を送り出した後、僕はようやく安堵の息を漏らす事が出来た。

それは自分の時間、いや自分の「世界」を取り戻したといっても過言ではない瞬間だ。

上辺だらけの会話だけが横行し、彼の存在を自ら否定し、意識の外から除外する空間。
本当に大切なものがすっぽりと抜け落ちているあの空間にいる間、僕はずっと虚空を彷徨うような、夢見るような、そんな虚無感を味わっている。
だから何のためらいも無く彼の姿をその目で確認し、その存在を認めるその瞬間、僕は初めて虚ろな眠りから醒め、現実を、世界を生きていると実感出来るのだ。

ふわりと彼に微笑みかけ、その名を呼び、そっと抱きしめる。
もうずっと前に熱を失ってしまった彼の体は、秘術により瑞々しくはあったけれども、生者のそれでは無いとすぐに分かるほどに冷え切っていた。
それでも僕は十分だったし、何より彼がいるというだけで、僕の世界は成り立ってしまえる位彼に依存しているのだ、多少の違和感など気にするはずも無かった。
彼はというと、そうした僕の気持ちを知るはずも無く、ただただあの日のままの姿を留めている。

彼から僕への唯一にして最大の行為がそれであり、僕はそんな彼を見てますます愛しさを感じるのだ。










プルルル。










一通の電話がなる。きっと仕事の依頼だろう。
僕は途端に世界を失い、夢へと堕ちながら対応へと急いだ。


そうして、今回もまた彼の代わりに他の存在に触れるのだろう。

あの日禁じられた契約によって、彼の全てを譲り受けたこの僕が。



彼は最早、僕の世界にだけ存在する住人になってしまったのだから。

僕以外の存在を認める事など出来ないのだから。

だけどそれは彼だけじゃない、僕もまた彼を除いた全ての存在を、その世界から失ってしまっていた。










僕はとても幸せだった。




***


勢いで描いてしまった作品。元々は人形ムヒョを抱くロージーの落書きを描いた事がきっかけ。
この二人はお互いに相手に依存しまくってればいいと思うよ。






モドル。